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コンセプト

  • 2019年1月18日
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「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」 ランゲルハンス細胞組織球症(LCH)の正体は何?

ランゲルハンス細胞組織球症(LCH)はとてもめずらしい病気で、からだじゅうに様々な症状がみられます。前回の記事では、骨や皮膚、肺など、あちこちに病変ができる、また、経過が様々で自然によくなることもあれば急速に悪化して亡くなる例もあるとお話ししました。そのようなLCHに対してどのように対処していけばよいのでしょうか?

LCHに立ち向かうためには、LCHとは一体何なのか、その正体を探る必要があります。

今回は自治医科大学附属病院森本哲先生に、LCHとは何なのか、がんとは何が違うのか解説していただきました。イラストとあわせて、じっくり読んでみてください。(いしゃまち編集部)

※本記事は、一般向け医療情報サイト「いしゃまち」からの転載です(元記事はこちら)。

森本哲 自治医科大学附属病院 小児科

1.“wait and see”

LCHの治療について書かれた論文には“wait and see”という言葉がよく出てきます。“wait and see”を、愛用のWeb辞書『英辞郎』で検索すると、「成り行きを見守る、形勢をうかがう、様子を見る、静観する、日和見する」と出てきます。

治療をしなくても自然によくなることもあるので、LCHの治療に際しては、“wait and see”もありです。しかし、ただ眺めているだけでは、「ボーっと生きてんじゃねーよ」と、チコちゃんに叱られます。チコちゃんに叱られないように、お医者さんはしっかりLCH患者さんを診ないといけません。

2.“unknown etiology”

LCHについての論文の冒頭には必ずと言っていいほど、LCHはunknown etiologyだと書かれています。“unknown etiology”をまたまた『英辞郎』で検索してみると、「原因不明」と出てきます。

さてさて、LCHの正体がはっきりしないことには、どのように治療をしていいかわかりません。LCHという病名が作られた1987年までは、この病気はHistiocytosis Xと呼ばれていました。つまり、組織球が集まって悪さをしているということはわかっていたのですが、その正体は不明だったのです。学生の時、私の親友はこの病名を聞いて「病名にXとは何ぞや? マルコムXなら聞いたことあるけれど」と言いました。

LCHの病名に変わってから30年以上が経過し、ようやく“X”の正体がわかってきました。まずは、LCHの正体は何なのかについて考えてみましょう。

3.LCHって「がん」なの?

LCHは「がん」なのか?この問いについては長年議論されてきましたが、現在はLCHは「炎症性骨髄腫瘍」と呼ばれ、「炎症」と「がん」の性格を併せ持った病気だと考えられています。

「炎症」とは、体を病原体から守る免疫の反応が活発になった状態です。では、一体「がん」って何なのでしょう?

一般的な「がん」のイメージとしては、「怖い病気」、「手遅れになるとなおらない」、「転移するとなおらない」、「再発するとお先真っ暗」、「最後は死んでしまう」などと思われるでしょう。しかしLCHの患者さんは、ごくたまに急激に病状が悪化して亡くなることがありますが、治療しなくても自然になおることもありますし、再発しても多くの場合は初めに受けた治療が再び効いてなおります。よって、一般的な「がん」のイメージからはかけ離れています。

4.「がん」としてのLCH

LCH細胞と「がん」細胞との共通点

一体「がん」って何なの? この問いは、わかっているようで、あらためて問われるとよくわかりません。

一般に「がん」細胞は、「どんどん増える」とか、「しぶとくて死なない」とか、「正常な働きをしない」とかの性質があります。いくつかの、タンパク質の設計図、つまり遺伝子に傷(変異)がつくことによって、もともとは正常な細胞がこのような性質を持ってしまったものが「がん」細胞です。この「がん」細胞が体の中にはびこってしまい、本来の内臓の働きがうまくいかなくなるのが「がん」という病気です。

ここから少し難しくなります。シリーズの第1回の「LCHの原因は?」にもあるように、2010年に、約半数のLCH患者さんのLCH細胞にはBRAF遺伝子に発がん性変異があることがわかりました。BRAF遺伝子は、MAPキナーゼ経路という細胞の増殖(どんどん増える)や生存(死なない)、分化(働く能力が備わる)などにかかわる信号をリレー式に伝える仕組みを担う遺伝子のひとつです。

発がん性変異とは、がんの性質を持つようになる遺伝子の傷のことをいいます。BRAF遺伝子の発がん性変異は、多くの「がん」細胞にしばしばみられます。例えば、ある種の白血病では100%、皮膚がんの悪性黒色腫(メラノーマ)では60-70%、ある種の甲状腺がんでは40-50%、大腸がんでは約10%の患者さんにBRAF遺伝子の発がん性変異がみられます。

MAPキナーゼ経路の異常

その後、BRAF以外にもMAPキナーゼ経路の遺伝子に次々に異常が見つかりました。今では、ほぼ100%のLCHの患者さんのLCH細胞には、この経路のどこかに異常があると考えられています。そして、この経路のスイッチが常に”ON”になっていて、信号が勝手にどんどん伝わってしまっていることがわかってきました。この「遺伝子に異常が起こり、死ななくなる(結果、たくさん集まる)、正常な働きをしなくなる」ということから、LCH細胞は「がん」細胞の仲間だと考えられます。

5.どのようにして遺伝子に傷がついてしまうのか?

遺伝子に傷がつくということは日常茶飯事、だれの体の中でも起こっています。例えば、日の光、紫外線を浴びただけでも傷がつきますし、体の中で糖を燃やしてエネルギーを作り出すときにも遺伝子を傷つける活性酸素が作られてしまいます。また、一つの細胞が二つに分裂して増えるときには、タンパク質の設計図(遺伝子)をコピーしなければなりませんが、その時にミスコピーが生じて、傷になってしまうこともあります。そして、膨大なヒトの遺伝子の文字のどこにどんな傷がつくかは、ほぼ全く偶然の仕業です。

ヒトの体には、この遺伝子の傷を修正してなおす仕組みが備わっています。よって、小さな傷の場合には修正して元に戻すことができます。もし大きな傷がついてしまった場合にはなおすことができません。しかし、傷があまりに大きいと、その細胞は生きていることができず死んでしまうので、「がん」細胞として生き残れません。

問題となるのは、細胞の生存や増殖にかかわる遺伝子(つまりこれが「がん」遺伝子)に、大きすぎないけれどなおせないような中途半端な傷がつき、その傷が、細胞が生き延びることや増えることに有利に働くような場合です。そのような時、遺伝子に傷を持った細胞は「がん」細胞への道を歩み始めます。

遺伝子の傷から「がん」になるまで

6.「がん」は一夜にしてならず

「小児がん」というのはもちろんありますが、一般に「がん」を発症しやすいのはお年寄りです。それはなぜでしょう?

先ほど、『いくつかの遺伝子に傷』がついて「がん」の性質を持つようになると書きましたが、この『いくつか』というところが重要なのです。

「たまたま」「偶然」にできた遺伝子の傷は、長年生きていると蓄積してきます。先ほど述べた複数の「がん」遺伝子に運悪く傷が積み重なると、「がん」になってしまいます。よって、年をとると「がん」になる人は増えていきます。

また、「がん」は、それ自体の性質として傷ついた遺伝子をなおせないという特徴を持っていることがあります。これは「がん」細胞にとって諸刃の剣です。ついた傷をなおせず「がん」細胞が死んでしまうこともある一方、「がん」遺伝子に傷がつくことによってより悪い性質、つまり「がん」細胞が生き残るのに好都合な性質を獲得してしまうかもしれません。

実際のところは、生存競争に打ち勝った、より強い(より悪性度が高い)「がん」細胞が生きながらえてどんどん増えるため、「がん」にとっては遺伝子についた傷をなおさないほうが有利になります。

「がん」は一夜にしてならず

一般に、「がん」では、多くの遺伝子に変異が積み重なっています。LCHと同様にBRAF遺伝子に発がん性変異を持つ「がん」を見てみても、メラノーマでは一つの「がん」細胞に約300個、大腸がんでは数10個の傷がついていると言われています。

ところが、LCH細胞の遺伝子の傷の数は、ほとんどの場合、MAPキナーゼ経路の遺伝子にただ1個だけと言われています。

7.BRAF変異は黒子(ほくろ)にもある

先ほど、LCH細胞に認められるBRAF変異は発がん性変異と書きましたが、実は皆さんが一つや二つ必ず持っている皮膚の黒子にもBRAF遺伝子の発がん性変異があるのです。

手のひらや足の裏にできた黒子は、悪性化して皮膚「がん」、メラノーマになることがありますが、ふつう黒子は黒子で、黒子を「がん」という人はありません。一方、メラノーマは全身に広がる明らかな皮膚「がん」で、前述のようにBRAF遺伝子に発がん性変異を持っています。

では、黒子とメラノーマの違いは何によるのでしょうか? それは、変異している遺伝子の数なのです。黒子はメラノーマと違って、BRAF遺伝子以外に変異している遺伝子はほとんどありません。BRAF遺伝子は確かに「がん」遺伝子なのですが、それしか異常がない場合には、「がん遺伝子誘導老化」という現象が起きて、その細胞は生きながらえることができなくなります。よって、黒子は黒子で、メラノーマではないわけです。

では、なぜ、黒子と同様に一つのがん遺伝子にしか傷がないLCH細胞は病変部に集まって、「病気」の症状が出るのでしょうか?

8.未熟樹状細胞って何?

LCH細胞は未熟樹状細胞の性質を持っています。未熟樹状細胞とは何でしょう?

血液中の白血球には骨髄系とリンパ系の大きく2種類があり、未熟樹状細胞は骨髄系の白血球の一種です。外敵の侵入を絶えず見張っている番人の役割をしています。外界と常に接触している皮膚は外からの侵入者が最も多い部位なので、未熟樹状細胞はもともと皮膚に多くいます。外から敵が侵入した時には、すぐさま免疫系、すなわち外敵から身を守る防衛軍に戦闘を開始するように指示を出します。そして、リンパ節に移動してT細胞というリンパ球にどんな敵かを伝えます。

防衛軍には様々な種類の攻撃部隊、すなわちマクロファージ好酸球好中球リンパ球などの白血球(炎症細胞)がいて、様々な攻撃方法で外敵から身を守ります。

外敵の侵入部位に集まってきた、未熟樹状細胞を含めた炎症細胞は、炎症性サイトカイン/ケモカインという免疫を刺激するホルモンのようなものを分泌します。炎症細胞は炎症性サイトカイン/ケモカインによって互いを刺激し合い、より活発になって外敵を攻撃します。

正常な未熟樹状細胞

このように、未熟樹状細胞は、戦闘開始時に一番初めに働く、非常に活動的な細胞なのです。

9.戦闘が続くとどうなるか?

戦闘が起こると危険です。あちこちに砲弾が落ち、一般市民も巻き添えになる可能性があります。よって、通常は外敵をやっつければ戦いは終了し、平和を取り戻すようにできています。つまり、炎症細胞は外敵をやっつけ終えれば沈静化することになっています。

しかし、ただでさえ少しの刺激で活発になる性質を持っている未熟樹状細胞ががん遺伝子変異を持っていた場合(=LCH細胞である場合)はどうなるでしょう?

LCH細胞は、よりたくさんの炎症性サイトカイン/ケモカインを出し、それによって自分を刺激し続け、しぶとく生き残り、なかなか戦いを止めません。また、リンパ節に行ってT細胞に情報を伝えるということを怠り、局所に留まり戦いを続けます。その結果、戦闘が延々と続き、戦場は荒れ果てます。すなわち、骨でこのようなことが起これば骨は溶けてしまうし、皮膚で起これば皮膚炎や潰瘍ができてしまいます。

がん遺伝子に変異が入ったのが、免疫反応の一番初めに働く、活動的な未熟樹状細胞であったために、過剰な免疫反応が局所で続いて、症状が出てしまうのです。

「がん」遺伝子を持つ未熟樹状細胞(=LCH細胞)

LCHの正体について、ご理解いただけたでしょうか? 次回は、ではどのようにしてLCHを治療すればいいのか、すなわち、戦闘を終わらせればいいのか?について考えてみましょう。To be continued! 乞うご期待。

森本哲 自治医科大学附属病院 小児科

1985年、自治医科大学卒、同年 京都府立医科大学研修医(小児科)、1994年 義務年限終了、1997年 St. Jude小児研究病院research fellow、2000年 京都府立医科大学小児科助手、2005年 同講師、2008年 自治医科大学小児科准教授、2011年 同教授

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